賞与(ボーナス)は、多くの日本の労働者にとって大きな関心事ですが、その法的な性質や請求権の発生時期については、正しく理解されていません。「会社が一方的に決めるものだから、不当な減額も文句は言えない」と諦めていませんか?
本記事では、労働基準法における賞与の定義から、裁判例から見た賞与の「具体的な請求権」の発生要件、そして「支給日に在籍していないともらえないのか」という実務上重要なポイントまで、弁護士の視点で徹底的に解説します。
1. 労働基準法における「賞与」の定義と性質
そもそも、法律上「賞与」とはどのように定義されているのでしょうか。まずはその法的枠組みを整理しましょう。
「賃金」としての賞与
労働基準法第11条では、賃金を「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義しています 。つまり、賞与も基本的には「労働の対償」として支払われるものであれば、労働基準法上の「賃金」に該当します 。
任意的・恩恵的給付との境界線
一方で、使用者が労働者に対して行うすべての給付が「賃金」になるわけではありません。結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金などは、原則として「任意的・恩恵的給付」とされ、労働の対償たる賃金には当たらないと考えられています 。 しかし、これらも就業規則や労働協約などにより、あらかじめ「支給条件が明確」にされており、具体的な「支給額の確定が可能」である場合には、労働の対償たる賃金(またはこれに準ずる労働条件)として扱われることになります 。同様に、家族手当や住宅手当などの福利厚生給付についても、支給条件が確定しているものは賃金となります 。
2. 賞与の請求権はいつ「具体的」に発生するのか?
多くの労働者が勘違いしやすいのが、「賞与の支給時期が来れば、当然に請求できる」という点です。しかし、法的には「具体的な請求権」が発生するためには一定のハードルがあります。
原則:使用者の決定や合意が必要
裁判例では、労働者が使用者に対して賞与を請求できる具体的な権利は、以下のいずれかがあって初めて発生すると解されています。
- 賞与の支給の実施及び具体的な支給額又は算定方法についての使用者の決定又は労使間の合意
- 「労使慣行」の存在
例えば、福岡雙葉学園事件(最判平成19年12月18日)では、給与規程に「その都度理事会が定める金額を支給する」としか定められておらず、具体的な算定方法がなかったため、理事会が金額を決定するまでは具体的な権利は発生しないと判断されました 。
そのため、就業規則等によれば、会社側の裁量で賞与の支給の有無や金額が決まる場合には、原則として、会社側の裁量権の行使がない限り、具体的な賞与請求権は発生しません(クレディ・スイス証券事件・最判平成27年3月5日) 。
3. 「支給日に在籍していないともらえない?」在籍要件の有効性
多くの会社では、賞与の支給日に在籍していることを受給の条件とする「支給日在籍要件」を設けています。
在籍要件が合理的とされる理由
裁判所は、支給日在籍要件について「原則として有効」という立場を取っています。その理由は、賞与が持つ以下のような「多面的な性格」にあります。
- 賃金後払的性格:支給対象期間の勤務に対応する対価
- 功労報償的性格:過去の貢献に対する報い
- 将来の意欲向上策(インセンティブ):将来の労働への期待
- 生活補填的性格:労働者の生活費の補助
単なる「既往の労働の対価」だけであれば在籍要件は不当となりますが、将来の意欲向上等の意味がある以上、支給日に在籍していることを条件にすることは、企業の合理的な裁量の範囲内とされます 。
定年退職者の誕生月による「不利益」の争い
定年退職の時期(誕生月)によって、賞与を受け取れるかどうかに差が出るのは不当ではないか、という点が争われた事例があります(JR東日本(退職年度期末手当)事件・東京高判平成29年12月13日) 。 この事件で、4月生まれの定年退職者は、調査期間(前年10月〜3月)をフルで働いたにもかかわらず、支給基準日(6月1日)に在籍していないため夏季手当がもらえず、さらにその後の調査期間も基準日に在籍しないため年末手当ももらえないという、最も大きな不利益を受けていました 。 しかし裁判所は、以下の理由からこの仕組みを「適法」と判断しました 。
- 上記のように賞与には多面的な意味があること。
- 年2回の支給制度上、退職月による段階的な不利益の発生は避けられないこと。
- 迅速・画一的な事務処理の便宜を考慮することも不合理ではないこと。
4. 解雇・整理解雇と賞与の請求
「支給日在籍要件」がある場合でも、会社都合で解雇された場合は例外が認められることがあります。
例えば、会社都合による「整理解雇」は、労働者に帰責事由がなく、退職時期を自ら選ぶこともできません 。 東京地判平成24年4月10日(リーマン・ブラザーズ証券事件)では、このようなケースにまで一律に在籍要件を適用し、賞与を一切支払わないことは合理性を欠き、公序良俗(民法90条)に反して無効であると判断されました 。
5. 会社側の「査定裁量」と、その限界
これまで述べたように、賞与の査定は会社に広い裁量があります。しかし、それは「無制限」ではありません。
期待権の侵害と不法行為
賞与の算定が使用者の裁量に委ねられていても、使用者はその決定権限を「公正に行使」すべき義務があります 。使用者が正当な理由なく査定を怠ったり、裁量権を濫用して著しく不利な決定をした場合、労働者の「公正な査定への期待権」を侵害したとして、不法行為に基づく損害賠償請求が可能になります 。
裁量権の濫用が認められた実例
福岡地判平成31年4月15日の事例では、代表者が労働者の賃金額に不満を抱き、パワハラを繰り返しつつ、賞与を急激に減額しました(数千円程度まで減少) 。 裁判所は、労働者の勤務成績(製造工程でのミス等)が芳しくなかった事実は認めつつも、他の正社員の最低支給率を大幅に下回るような査定は「公正な査定を欠き、恣意的に減額した」と認定し、20万円の慰謝料支払いを命じました 。
裁量権の範囲内と認められた実例
一方で、千葉地判令和2年3月27日の事例では、上司に対して侮辱的・威圧的な言動(「馬鹿にしているのか」と食って掛かる等)を繰り返し、懲戒処分を受けていた社員に対し、最低ランクの査定をしたケースが争われました 。 裁判所は、労働者に、他の従業員には見られない問題行動があった以上、最低評価を受けたとしても「裁量の範囲内」であり、不法行為には当たらないと結論づけています 。
6. まとめ:トラブルを防ぐためのチェックポイント
賞与に関する法的トラブルを防ぐために、労働者・使用者双方が確認すべきポイントを整理します。
- 就業規則の確認: 「具体的な算定方法」が記載されているか?「支給日に在籍すること」が条件になっているかを確認しましょう 。
- 査定理由の透明性: 会社側は、査定期間内の欠勤状況や勤務成績を総合的に判断する必要がありますが、恣意的な目的(嫌がらせ等)での減額は許されません 。
- 不当な解雇の場合の主張: 整理解雇などで支給日直前に退職させられた場合、在籍要件の適用を争える可能性があります 。
賞与は単なる「会社の厚意」ではなく、契約に基づき適切に運用されるべき「労働条件」です。もし賞与の決定プロセスや金額に合理的な説明がつかない疑念がある場合は、これまでの支給実績や規則を整理した上で、専門家へ相談することをお勧めします。

